書を捨てず野に出るための

自律への旅の軌跡を記す予定。

教養って楽しい

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きょう‐よう【教養】
 (1)教え育てること。
 (2)(culture イギリス・フランス; Bildung ドイツ) 単なる学殖・多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識。その内容は時代や民族の文化理念の変遷に応じて異なる。「人文主義的―」

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出典:広辞苑

だそうです。自分に教養があるかは別として、少なくとも教養主義者ではあると思います。

何を以て教養が身についていると称するのかは極めて難しいテーマですが、先の広辞苑の定義に基づけば、「一定の文化理想を体得し、それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識」を持っていること。私なりに意訳すると、文化的知識を自分のものにして使いこなせていること、が大事な模様です。
※余談ですが、何かを語るとき、その言葉の定義をどうしても確認したくなるタチです。職業病なのか、単に個人のこだわりなのか、果たして。

教養というと、「身につけねばならないもの」というトーンで語られたり、その反動で「そんなもの要らない(実学主義)」というトーンで語られたりします。が、先の定義に立ち返ると、そういう次元の話じゃないんでは?という疑問が湧いてくるのは私だけでしょうか。

だって、教養の目的は識ることそのものではなくて、知識を自分の中に位置付けて理解することであり、自分の持つ知識を使いこなすこと。これは要る要らないではなく、持ってたら純粋に世界が拡がって楽しいものだと思うんですよね。その結果、自分の人生が豊かになる。気がする。もちろんこの力があればビジネスにも使えるだろうけど、強要するレベルのものではないでしょう。

結局、教養の価値とはどこまでも主観的なものであって、べき論で語る類のものではない。理屈をこねて必要性を説くのではなくて、教養あるって楽しそう、面白そう、カッコいいというイメージ先行型でいく方が、却ってリベラルアーツへの関心は高まると思うのですが、、、さてどうでしょうね。

ちなみにこの話って「勉強する意味」にも当てはめられるかも。